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【戦国名将一日一言】誰よりも早く城に上がり、誰よりも遅く城を下がる(藤堂高虎)

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こんにちは。アスター(@august_spica)です

 

歴史好きのみなさん、お待たせいたしました

久々に戦国名将一日一言のことを書きます

 

戦国名将一日一言 (PHP文庫)

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愛蔵版 戦国名将一日一言

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この本は非常に素晴らしいんですが

武将同士で内容が被っていたり

合戦の描写や当時の独特な価値観など

ブログ記事にするには相応しくないものもあるんですよ

 

「全部知りたい!」と興味を持たれた方は

アマゾンで安く手に入りますので、ぜひお読みになってみてください

 

第12回目の今日は藤堂高虎の名言を紹介します

 

 

藤堂高虎とはこんな人

 

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画像出典:太閤立志伝5

 

藤堂高虎(とうどうたかとら)

生年:1556

没年:1630

役職:伊勢津藩初代藩主

配偶者:一色義直の娘(正室)、長連久の娘(継室)

備考:七度主君を変えた転職の達人

 

戦国名将一日一言より本文を引用

 

藤堂高虎は死ぬ直前、目が見えなくなった

そこで心配した二代将軍・徳川秀忠が

江戸城内の曲がった廊下を真っ直ぐにして

高虎のところに使いをよこした

 

譜代大名ではないのに大事にされた理由は

 

藤堂高虎はもともと近江の浅井長政に仕えていた人でした

 

しかし浅井氏は織田信長に滅ぼされてしまい

高虎はその後、近隣の小大名の配下となりました

 

縁あって信長の親族の家臣になったこともありましたが

主君は高虎のことを適正に評価しなかったため

不満を持った高虎は出奔してしまいます

 

現代だとこんな感じでしょうか

 

『おれ、真面目にがんばっているのに

給料がまったく上がらないって、どういうことですか?

こんなブラックな会社、こっちから辞めてやりますよ!』

 

しかし、勢いで仕官先を辞めたので

その後の生活は本当に困窮を極めたそうです

 

あるとき高虎は

空腹のあまり無銭飲食をしてしまいました

 

哀れに思った店の主は高虎にお金を与えて

「親御さんに孝行しなさい」と諭したといいます

 

それでもなかなか良い仕官先は見つからず

高虎は悶々とする日を過ごしていました

 

普通ならここで挫けてしまうところですが

高虎はみごとに復活します

 

なんと秀吉の弟・豊臣秀長の家臣になったんです

 

 秀長は高虎の才能を高く評価して

3000石の鉄砲大将に任じたりしました

 

それをキッカケに出世コースを爆進した高虎は

1595年には伊予国板島(現在の愛媛県宇和島市)7万石の大名となります

 

秀長没後の関ヶ原の戦いでは徳川家康に協力して

戦後、今治12万石を加増されることになりました

 

さらに高虎は江戸城改修工事でも大きな成果をあげたので

1608年には伊勢津藩の初代藩主になったんです

 

徳川家康は高虎をものすごく気に入っていて

外様大名でありながら親藩や譜代と同じように扱ったといいます

 

これを現代風にわかりやすく説明すると

【会社を辞めてホームレスだった男が大企業の重役となって大活躍した】という

サクセスストーリーになりますよね

 

高虎は先見の明もあり

苦労人ならではの洞察力と卓越した築城技術を持っていました

 

そのため徳川秀忠もすごく頼りにして

しばしば高虎に意見を求めたといいます

 

『そなたの目が不自由になったと聞いた

そこで予は、配下に命じて江戸城の廊下を真っ直ぐにしたぞ

もしこの秀忠に意見したいと思うのならば、どうか気軽に城に上がるがよい

たとえ目が見えなくても真っ直ぐ歩けば、予のいる部屋まで来れるはずだ』

 

「秀忠将軍、高虎の屋敷まで出向いてはどうですか?」と

私はツッコミを入れたくなりましたが

江戸城をバリアフリーにしたというのは良いですね

 

あまりの厚遇ぶりに高虎の側近は不思議に思ったんですが

そのとき高虎はこう言ったんですよ

 

『別に私はたいしたことはしていない

ただ今まで、私は誰よりも早く江戸城に上がり

誰よりも遅く江戸城から下がった

これを秀忠様がご評価になっているのだろう』

 

現代の価値観だと判断が難しいところですが

当時は主君に忠誠を尽くすのが美徳とされていた時代なので

こうした逸話が残ったのだと思います

 

でも、どん底から有力大名になった高虎は

本当にスゴい人だと思いますね

 

世界遺産「日光東照宮」建設にも関わる

 

実は私、藤堂高虎は細川政元の次に好きな武将なんです

 

何故なら彼の遺した

この言葉に感動したからなんですよね

 

寝室を一歩出たら

今日は死ぬ番だと心に決めなさい

その覚悟があれば何も恐れることはない

 

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よく死ぬ気でがんばればなんとかなるといいますが

こうした姿勢を維持できれば、どんな困難も乗り越えられると思います

 

また高虎は世界遺産で有名な

日光東照宮の造営にも関わっているんですよ

 

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この眠り猫はいつ見ても可愛いですね

 

これには【猫がいつも眠っていられるほどの平和な世を築きたい】という

徳川家の願いが込められていると伝えられています

 

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我が家の愛猫(あんのん)も平和が大好きです

 

最初の名前は「トラ」でしたが

これは藤堂高虎にちなんで私が名づけたものなんですよ

 

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最後までお読みいただき、ありがとうございます

ではまた、次の記事でお会いいたしましょう