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【戦国名将一日一言】大きな杉の木が二本あった。鼠が一匹きて根から齧りはじめ、ついに杉を二本とも倒してしまった(北条早雲)

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こんにちは。アスター(@august_spica)です

 

俗に「真夏の夜の夢」なんて申しますが 

たまにビックリするような内容の夢をみて

眠れなくなるときがあります

 

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ストレスがたまっているのか

それとも深層心理を映し出す鏡なのかわかりませんが

もしいい夢であれば、続きが見たいですよね

 

第9回目の今日は北条早雲の名言を紹介します

 

 

北条早雲とはこんな人

 

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画像出典:信長の野望蒼天録

 

北条早雲(ほうじょうそううん)

生年:1432(1456説もあり)

没年:1519

役職:室町幕府申次衆、奉公衆

配偶者:南陽院殿(小笠原政清の娘)

備考:一代で大名にのし上がった戦国の梟雄

 

戦国名将一日一言より本文を引用

 

二本の杉というのは上杉氏のことだ

上杉氏は関東の公方の管領をつとめていた

扇谷上杉氏とと山内上杉氏の二家があった

 

 

元祖・国取り物語

 

北条といいますと

源頼朝の妻の政子を連想する人が多いと思いますが

早雲とはまったく関係ありません

 

伊勢盛時という幕府のエリートだった

 

早雲はもともと「伊勢盛時」という名前で

室町幕府の中で働く人でした

 

しかもかなり良いポジションを任されていたんです

 

将軍家に訪れた人の接待をしたり

直属の軍を率いて戦に行ったりしていました

 

現代でいうなら内閣府で働いたあとに

防衛省に転属したという感じでしょうか

 

以前はまったくの素浪人から

戦国大名になったと考えられていましたが

近年の研究では室町幕府の官僚トップであった

伊勢氏の出身であるということは間違いないといわれています

 

北条家と今川家のつながり

 

そんなエリート官僚の「伊勢盛時」が

なぜ京都から遠く離れた東国に行ったのか

気になるところですよね

 

実は「伊勢盛時」のお姉さんは

駿河(現在の静岡県)の今川義忠に嫁いでいて

お世継ぎとなる男の子を生んでいました

 

ところが今川家の一族の中に野心家の人がいて

クーデターを起こそうと企んでいたんです

 

困ったお姉さんは自分と息子を守ってもらうために

弟を今川家の武将として迎えることを夫に相談しました

 

今川義忠は

「わかった。そなたの弟が来てくれればわしも心強い」といって

「伊勢盛時」を駿河に呼び寄せたんです

 

この今川義忠という人は

「桶狭間の戦い」で信長に敗れた今川義元のおじいちゃんなんですよ

 

彼のおかげで

のちの小田原北条家の基盤ができあがりました

 

鎌倉幕府の支配者にあやかった名前

 

北条という名前は

「伊勢盛時」の息子の氏綱から名乗ったと言われていて

鎌倉幕府の執権・北条氏にあやかった可能性があります

 

「伊勢盛時」は計略を使って伊豆と相模を平定したんですが

そんな父の活躍を間近で見ていた氏綱は

同地の覇者であった北条の名前を使うことが

今後の領国運営の上で都合が良いと考えたんですね

 

後世では北条早雲の名が知られていますが

「伊勢盛時」は存命中、いちども北条を名乗ったことはありません

 

「伊勢盛時」が見た奇妙な夢

 

そんな「伊勢盛時」はあるとき、不思議な夢を見ました

 

小さな鼠が大きな杉の木の根っこに噛み付いて

とうとうその木を倒してしまったのです

 

実は「伊勢盛時」の干支は鼠年だったので

何かの暗示ではないかと考えました

 

『わしは確かに鼠年じゃが

杉の木というのは関東を治める上杉家じゃろう

よし、上杉家を倒して関東に勢力を広げるぞ!』

 

関東進出のために太田道灌を倒す

 

決意した早雲はさっそく動いて、上杉家に謀略を仕掛けました

 

扇谷上杉家に太田道灌という名将がいたのですが

「伊勢盛時」は彼と主君を仲たがいさせれば

攻略がしやすくなると考えました

 

扇谷上杉家のトップは狭量な人だったので

「伊勢盛時」が流したデマをあっさりと信じてしまいました

 

もともと主従の仲はしっくり行っていなかったようで

扇谷上杉家のトップは太田道灌が意見するのを

とてもうるさく思っていたんです

 

そしてとうとう「邪魔者は消せ」とばかりに

忠臣の太田道灌を手討ちにしてしまいました

 

この事件をきっかけに扇谷上杉家の勢力は弱まり

同族の山内上杉家ともども、北条家との戦で負けてしまったんですよ

 

しかし斜陽になった山内上杉家には

「戦国最強」と言われた謙信が登場しました

 

鼠は二本の杉を齧り倒したといいますが

謙信が登場したので、一本は無事だったような気がします

 

民への温情で支持率アップ

 

今回の話はちょっとややこしかったと思うので

箇条書きで整理しておきますね

 

  1. 北条早雲は鎌倉幕府の北条氏とは無関係
  2. もともとは室町幕府のエリート官僚で素浪人ではない
  3. 北条の名乗るのは息子の氏綱の代から
  4. お姉さんが今川義忠の奥さんだったので駿河に来る
  5. 伊豆と相模を平定したあとに関東進出をはかる
  6. 扇谷上杉家の名将・太田道灌を謀略で倒す

 

ちなみに北条家は秀吉に滅ぼされるまで

約100年あまり続いたんですが

民に優しい政治をしたことで有名なんですよ

 

よく「年貢の納め時」なんていいますが

当時はひどいところで、七公三民という徴収率もあったんです

 

しかし北条の領内では四公六民という

現代人も羨むような良い政策を行っていました

 

もちろん、当時の人々は感謝したといわれています

 

おそらく他に収入源があるので

北条家ではそういったことができたのかも知れません

 

北条早雲を主人公にした小説はありますが

ドラマはなかったと思うので

いつかNHKあたりで実写化してほしいものです

 

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最後までお読みいただき、ありがとうございます
ではまた、次の記事でお会いいたしましょう