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【戦国名将一日一言】地域の特別技能者を活用せよ(木下藤吉郎)

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こんにちは。アスター(@august_spica)です

 

戦国時代というのは

法治国家の現代の価値観で考えてしまうと

とんでもない「無法地帯」になりますが

才能さえあれば誰でも出世できました

 

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私たちは安泰な人生を送るために

「いい学校といい会社に入りなさい」と言われてしまうので

実力があれば勝てるという戦国時代に憧れるんですね

 

第10回目の今日は木下藤吉郎の名言を紹介します

 

 

木下藤吉郎とはこんな人

 

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画像出典:信長の野望蒼天録

 

木下藤吉郎(きのしたとうきちろう)

生年:1537

没年:1598

役職:織田信長配下・普請奉行

配偶者:おね(ねね/浅野長勝の養女)

備考:のちの天下人・豊臣秀吉の若き日の姿

 

戦国名将一日一言より本文を引用

 

豊臣秀吉が木下藤吉郎時代、織田信長が隣国の斎藤氏を攻めた

斎藤氏の拠点は稲葉山城(現在の岐阜城)だった

信長は拠点を美濃(岐阜県)につくるため

墨俣に城を築くことにした

この時、築城を秀吉が命じられた

 

墨俣にあった砦を城に見立てた?

 

これは秀吉(木下藤吉郎)の出世物語の中で

よく知られる「墨俣一夜城」のことですね

 

墨俣城は岐阜県大垣市にあって、城跡はいま公園となっています

 

でも、この逸話には不明な点も多く

本当に秀吉がお城を建てたのか、また工期はたった一晩だったのか

さらなる研究が待たれるところなんですよね

 

私の亡父は戦国時代に詳しく、秀吉の大ファンでありました

 

彼は若いころ勤めていた会社の旅行で

岐阜に行ったことがあるんですが

「墨俣一夜城」について、こんな風に語っていました

 

『あれはもともとあった砦を、秀吉が城に見せたんじゃないかな』

 

確かに父の言った通りだとすれば

「わずか一晩でお城が完成した」と敵に思わせることが可能です

 

当時は重機などもなかったですし

仮にあったとしても、わずか一晩というのは難しいです

 

秀吉は「戦国一の出世頭」で

日本人がもっとも憧れるヒーローのひとりなので

スーパーレジェンド的な逸話が生まれたのだと思います

 

秀吉の「墨俣一夜城」の策に協力したのは

蜂須賀小六(正勝)や前野長康なんですが

彼らはもともと斎藤氏に協力する武将でした

 

しかし美濃の地理に詳しく

治水や土木の技術を持っていたので

秀吉は説得して味方につけたんです

 

墨俣の地は川が氾濫しやすい地形だったので

彼らの知識は秀吉にとって大きなプラスになりました

 

この「墨俣一夜城」の作戦が成功したことで

信長は美濃に進出するための

大きな足がかりを手に入れることができました

 

戦国時代のヤンキー小僧

 

尾張中村の農民の子として生まれた秀吉ですが

子供のころから才気煥発でした

 

彼は成長するにしたがって束縛を嫌い

自由きままに振舞ったといわれています

 

父親には反発し、母親の言いつけも聞かなかったので

8歳のときにお寺にあずけられました

 

当時のお寺は学問の修養を積むところでしたが

秀吉は他の小僧さんたちを誘って

合戦ごっこに明け暮れていたといいます

 

結局みかねた住職が家に戻すことにしたんですが

秀吉は「おれを追い出すなら、もっと悪さをしてやる」と息巻いたので

住職は手土産を与えて機嫌を取り、丁重に送って行きました

 

今風に言うと

秀吉はヤンキーとか俺様キャラだったんでしょうか?

 

のちに天下を牛耳るくらいの人ですから

強烈な個性の持ち主であったことは確かですね

 

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最後までお読みいただき、ありがとうございます

ではまた、次の記事でお会いいたしましょう